NAGIEジャーナルVOL.9
小堀宗翔さん
「明珠在掌」宝物は外の世界ではなく、あなたの掌の中にある
No.8 小堀宗翔さん/遠州茶道宗家13世家元次女
NAGIEを応援して下さる皆さまに、自身の“サステナブルライフ”について伺うインタビューシリーズ。第9回目は、「茶道」と「スポーツ」の融合、発展をテーマに幅広く活動される若手女性茶道家、小堀宗翔さんの“サステナブルライフ”に迫ります。
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1.スポーツを通じて学んだ、「基本の”型”、目標に向かう過程があるからこそ、自分らしく輝ける」ということ
ー 日本を代表される茶家でありながら、ご家族全員がスポーツに勤しむご家庭だったとお伺いしています。そういった環境下で、お茶×スポーツを通じて学ばれたことはありますか?
我が家の根本的なルーツを辿ると、流祖である小堀遠州が武家茶人なんです。お茶とラクロス、一見かけ離れているように思えるかもしれませんが、武士であり茶人であった祖先を思うと、スポーツは戦とも言われますし、皆DNAとして、潜在的に戦う気質を持っていたのかもしれませんね。またスポーツは、勝つか負けるかしかなく、如何に1点でも多く得点するか、1等や2等という順位や、〇か×かが非常に分かりやすい世界です。日本一にはたった1人、1チームしかなれないし、他は全員敗者ということになります。
ただそこで、茶道の世界では「満つれば欠くる」と言うのですが、満月はまん丸で美しいが、翌日からは欠けていく運命にあり、寧ろ少し寂しさを感じる。一方、満月の前日のお月さまというのは、肉眼で見てもほとんど真ん丸、一番生命力に溢れていて、力強く輝いている、という考え方です。
究極の「勝ち」のみを追い求めるのではなく、目標に向かって努力するアスリートの姿こそが美しいと思っています。勿論、やるからには結果には厳しい家庭なんですけどね。
ー 実際、剣道でもラクロスでも、素晴らしい結果を残されていますね。普段スポーツに取組む中で大切にされていること、メンタリティはありますか?
これも茶道と通ずることなのですが、”型”の部分です。素振りや練習を何回も重ね、まず基礎となる型を身に着けてこそ、型破り、つまり自分独自の打ち方やシュートなど、自分らしさがどんどん出てくるものだと思います。
スランプに陥った時などにも、立ち返れる型や場所があるのはとても大事なこと。茶道では1から10まで基本の型が決まっているのですが、これは私にとって、茶道の幅を広げる為に大切なことなんです。現在茶道のお仕事を通じて、新しいことや異分野とのコラボレーションなどを行っていますが、茶道という確固たる合理的で美しいものがあるからこそ、色んな挑戦ができています。最近は自由の時代ともよく言われますが、茶道やスポーツに限らず、ベースとなる型が無ければ、本質的な意味での自由にもなれないと思っています。
ー 社会人、そして遠州茶道宗家の内弟子となられてからもラクロスを続けていらっしゃったのには、どういったお考えがあったのでしょうか?
“成長できる場所があったこと“ですね。ラクロスという競技自体が今も変化を続けるスポーツなので、そこに自分の身を置くことや、勝ち負けや結果を求める中で喜怒哀楽の感情にぶつかる中でも、日々成長を実感できていました。
また、ラクロスはチームスポーツであり、仲間と衝突することも、一緒に努力をする過程も、1つひとつが充実していて、自分のかけがえのない拠り所になっていました。
ー 今年1月に現役を引退されています。ご自身の考え方、生き方のベースをつくってくれたスポーツの世界から、一度引退されるご決断は大変なものだったのでは...。
そうですね。これまで毎年、去年を超えないと成長できないとの思いで、社会人生活10年間をアップデートし続けてきました。今年の始め、体力、気力、努力をもって去年を超える自分になれるか真剣に考えたのですが、今のままでは難しいと感じたんです。100%超えられる自信が無い中、中途半端な覚悟でチームに所属するのは自分が許せなかったのと、お茶の仕事の幅を広げたいとの思いもありました。
ラクロスがあったからこそできたこともあり、今まではラクロスありきでの充実した日々でしたが、今後はまた少し別のところに軸を置き、今までにない出会いや挑戦を得ていきたいと考えています。
2.お茶や茶室は、自分と現実世界を写す、小世界
ー 幼いころから活発だったという小堀さんですが、幼少期はどのように茶道と接していらっしゃったのでしょうか?
本当に自由に生活していましたね。スポーツ大好きで、小学校から剣道に励み、家の中より外にいることの方が多かったです。ただ年間を通じて、節句のタイミングや家族のイベントなど毎月何かしらの行事があり、親族が集ってお茶を点てていました。着物を着て、お菓子やお茶を運んだりのお手伝いをして、全員でお話をして...。
当時はそこまで深く考えられていませんでしたが、四季や日本の文化を感じられる茶室があったこと、親族で膝と膝を突き合わせ、小堀家としての自覚を取り戻すような機会があったことは、とても貴重な時間だったと思います。
ー 幼いころから現在に至るまで、茶道の世界に身を置かれる中で学び、大事にされていることはどんなことですか?
沢山ありますが、「明珠在掌」という言葉を大切にしています。この言葉は正に、「宝物は、外の世界ではなく、あなたの掌の中にある」という意味です。
洋食では食器を手に持つことはありませんが、お茶は、両掌で受けて頂きます。普段生活していると、隣の芝生が青く見え、自分にない外のことばかり気になってしまうものですが、人それぞれ大事なものは違い、実は自分が既に持っているほんのちょっとしたモノが、大切な宝物である事に気付かせてくれたのは茶道の教えです。
ー そういった茶道の考え方は、普段の生活や小堀さんの価値観にも影響していますか?
そうですね。お稽古に限らずお抹茶は毎日沢山頂くのですが、特に自分で点てて頂くと、自分自身の心がお抹茶に投影されます。道具の扱いや所作などを通じて、自分の体調や心の状況がお茶の苦さに現れるんです。自分自身が気付かない些細な心の揺れさえ鏡のように写し出されるので、自然なバロメーターのようになっています。
また、茶道のお点前は、全て閉じてあるところから1つひとつ袱紗で清め、展開し、お茶を立て、お客様にお出しします。戻ってきたら、また1つひとつ綺麗にして、全て閉じる。合理的で無駄が無く、美しい一連のお点前が出来上がっているのですが、それが日常生活にも反映されているのが家元(父)だと感じています。
人生そのものがお点前のように、常に落ち着いていて、1つひとつの物事を大切に扱っている。私自身は、現実世界の中で慌ただしくなってしまうことが多いけれど、家元のようにお点前を実生活にも取入れ、美しく丁寧に生きられるようになりたいです。
3.アスリート×お茶を通じて、日本の文化やメンタリティを広げたい
ー お茶とスポーツから学ばれてきた小堀さんですが、”アスリート茶会”を始められた切っ掛けを教えて頂けますか?
ラクロスでワールドカップ出場した時の経験が切っ掛けです。日本代表として日の丸を背負う覚悟で臨みましたが、いざ大会に出てみると、世界選手の圧倒的な強さと、アメリカの選手が「USA」と胸に描かれたユニホームを着て堂々としている姿や、現地カナダの子供たちがラクロスの道具を持って駆け回っている日常を見て、その国の誇りやラクロスが、メンタリティ、文化として浸透している様子に圧倒されました。
自分のちっぽけさを感じていたのですが、宿泊先でお茶を点てておもてなしをした際、多くの方が関心を示し、丁寧にお話を聴いてくれました。その時初めて、皆が自分を日本人として認めてくれ、日本文化をリスペクトしてくれているように感じたんです。
こうやって、日本を代表して戦うアスリートのような人が、勝敗のみでなく、日本の文化を背負って世界に出ていけると、真の意味での日本代表になれるんじゃないかな...と思いました。
ー その後、アスリートの方に茶道を経験頂く”アスリート茶会”の活動を広げていらっしゃいますが、アスリートにとってお茶とは、どんな存在なのでしょうか?
アスリートって、究極の孤独だと思うんです。武士と同じで、一歩外に出たら生きるか死ぬか。フィールドに出ると、怪我をして選手生命が絶たれることもあるし、チームメイトは勿論仲間だけど、レギュラーを争わなければならないこともある。そうやって孤独に戦うアスリートにとって、芯からほっとするような、心が休まる場所になって欲しいです。
また、先程も少しお話しましたが、お茶は、毎日同じように点てようとしても、器が違ったり、季節が違ったり、自分の体調や心の在り方でも、少しの変化で結果が変わってきます。スポーツも同じで、相手も、フィールドも、自分のコンディションも様々な中で、練習と同じパフォーマンスを出さなければいけません。
あらゆる条件が違う中で自分が望む結果を出すには、何時も同じことをするのではなく、寧ろ状況に合わせて違うアプローチを取らなければならない。こういった考えや様々なアプローチを探る姿勢は、茶道とスポーツで通ずるものだと思います。
4.忙しい日々にこそ、小さな思いやりと物事の背景にあるストーリーに思いを馳せて
ー 最近では、より幅広い方に茶道をお伝えする活動をされていますね。
お稽古では小学生から70代の方まで、イベントなどではさらに幅広い方に茶道をお伝えしています。学生、主婦、経営者など、その年代や社会的なステータスも、そして茶道に励む目的も様々です。
忙しい日々の中で、あえて時を止め、時間の流れを忘れたり、季節を感じたり、見て嗅いで味わって、触って、聞いての五感を研ぎ澄ましたり、海外の方に教えるために勉強したいという方もいます。化粧品関係のお仕事をされている方は、伝統的に続いている茶道から美意識を学びたいと、門戸を叩いて下さいました。
ー 世界中で色んな問題が生じ、日々マルチタスクや情報の波に追われる現代人にとって、茶道はどんな示唆を与えられるでしょうか?
茶道には、ものと人への思いやりが詰まっています。亭主は、「お茶碗の一番綺麗なところで飲んで下さい」と心遣いから、お茶碗の正面をお客様に向けてお出しします。客人は、亭主のその心遣いや、「綺麗なところを汚さないように」とお茶碗に敬意を払い、正面を避けてお茶を頂きます。
また、茶室では、”お先に頂きます”、 “大変結構です”、”ごちそうさまでした”の3つの挨拶を大切にするのですが、一定の時間を共有する中で、互いに気持ち良く過ごせるよう、こうしたちょっとした一言や動作に思いやりを込めているんです。
今世界がこんな状況だからこそ猶更、日常からこういった小さな思いやりを1つひとつ積み重ね、お互いに優しさを持てるようになれば、平和な世の中に繋がっていくと思います。また、お茶の道具は、そのもの自体の物的価値は勿論ですが、それよりも、そこに紐づくストーリーに価値を置きます。何時、誰が、どんな時に使っていて、誰の手を渡って今まで継承されてきたかということが、全て外箱に書かれているんです。長く愛用されてきたもの、そこにストーリーや意味のあるものに価値があるという考え方は、ものに溢れかえった現代において、ハッとする示唆を与えてくれると思います。
ー NAGIEでも、お洋服そのものだけではなく、それが作られるまでのストーリーと、ご愛用頂いた後の循環活用を大事にしています。
私がNAGIEに共感したのも、そういった物事の本質を突いている所です。茶道にも、お茶を点てる人、着物を作る人、書を書く人、道具のお手入をする人、それぞれの役割を担う各人がいることによって、自然に回って伝統が受け継がれてきました。
最近では、そういったことが少なくなってきているように感じていましたが、それを取り戻す作業をしているのがNAGIEだと思います。リサイクル技術でいえば最新だけど、ものの循環活用やあらゆる人の手が合わさって1つのものが出来上がっていることなど、元来あった物事の本質を携えている部分に共感します。
古くからのメンタリティと最新技術をかけ合わせる、私もそういったことに挑戦していきたいですね。
ー 益々活躍の幅を広げていらっしゃる小堀さんですが、今後の目標やNAGIEと一緒に挑戦してみたいことなどはありますか?
最近では、「アスリート=明日力人(あすりいと)」と捉えなおし、スポーツ選手のみでなく、明日に力を与える人全員に広くお茶を伝えていきたいと思っています。家元ではない自分だからこその自由な切り口で、お稽古事だけではない茶道の形を模索しながら、私も茶道を通じて力になっていきたいです。
そんな中で、茶道のユニフォームとしてNAGIEのセットアップがあると素敵だな、と思いました。お茶の時の服装は誰しも迷うものですが、正座や両手使いの所作などを邪魔しない動きやすさがあり、フォーマルなシーンに馴染むNAGIEのお洋服は、茶道にもぴったりかもしれませんね。