JOURNAL

NAGIEの商品に込められた思いや具体的な取り組みなどをお伝えしていきます。


<font size ="2">スポーツ・ビジネスのトッププレーヤーが気が付いた、「余白」の大切さ</font>
--------------------------------------------------------------------------------------------- 前田眞郷さん 株式会社Revive代表取締役/アメリカンフットボールチーム・オービックシーガルズ所属 高校までは野球一筋、強豪校で4番を打つ等して活躍し、大学入学後アメリカンフットボールをスタート。競技歴1年で日本代表、U-19世界選抜選出。U-23世界選手権では銀メダルも獲得。大学卒業後、入社した商社を3カ月で退職し、プルデンシャル生命保険に転職。史上最年少で社長杯に入賞する等活躍したが2018年に退職し、株式会社Reviveを設立。オービックシーガルズには2016年から所属し、現役プロアメフト選手と経営者、2足の草鞋で躍進を続ける。 ---------------------------------------------------------------------------------------------  NO. 7 NAGIEを応援して下さる皆さまに、自身の“サステナブルライフ”について伺うインタビューシリーズ。第6回目は、現役アスリートとスタートアップ経営者、2つの顔をもち活躍される前田眞郷さんの“サステナブルライフ”に迫ります。   1.「自らの強みを活かし、着実に功績を残す」をモットーに。ー 野球にアメフト、トップアスリートとして活躍されていた学生時代。スポーツや自分自身に向き合う中で、どんなことを感じ、学んでこられたのでしょうか? 小学2年生で始めて約10年間、高校を卒業するまで野球一筋でした。きっかけは親だったかもしれませんが、常々自分の能力を表現でき、それが認められる環境が素直に楽しかったです。良いプレーをして注目される、強豪校で4番を打つ、有力大学からスカウトを受けるなど、着実に成功体験を積み上げていく楽しさを学びました。大学からは新しいチャレンジをしたいと思い、アメフトを始めました。自分の強みを活かせて、且つ功績を残せる場所はどこかという軸で選びました。人それぞれに自分の能力が活きるフィールドがあると思うのですが、僕にとってはそれがアメフトだったんです。 ー アメフトは大学からとのことですが、当時日本一にもなっている有力チームで1年目からレギュラーに、そして日本代表にも選出されていますね。すぐさまトッププレイヤーとなれた秘訣は何だったのでしょうか? まずは一番上手い人とだけ過ごし、彼らだけを見て、徹底的に模倣していました。そしてやはり、その中で見えてきた自分の強みを的確に認識し、その強みと努力をライトパーソンにアピールする場をつくったんです。元来負けず嫌いで自分の成長欲求に素直な性分だったので、辛くはなかったですね。ある意味徹底的にエゴイストになって、「前田が活躍すればチームが勝てる」とまで思ってもらえるくらい、個として突き抜けました。誰が見ても必要不可欠な存在になれるように。 ー 素晴らしいですね。一見順風満帆なアスリート生活ですが、スポーツを通じてぶつかった難しさや苦しさはあったのでしょうか? 大学4年生でキャプテンになった時に、チームを纏め、統率を取る難しさを痛感しました。人の感情や立場を理解することが出来ていなかったんでしょうね。技術レベルも、アメフトに対する姿勢や目指す目標の高さも自分の基準が当たり前。モチベーションも、プレー技術や強みも人それぞれのはずなのに、自分と同じ目線で人にも求めてしまっていたんです。今あの立場に戻ったら出来ることは沢山あると思いますが、当時は自分の目標実現が最優先。人と協力し合う楽しさを知ったのは社会人になってからでした。 ー フィールドがビジネスに移ってからもトップサラリーマンとして活躍されていましたが、どんなモチベーションでお仕事をされ、どういった経緯で協調の大切さに気付かれたのでしょうか。 やったらやった分だけ自分に跳ね返ってくるような、厳しくも自分を鼓舞する、成長させる環境に身を置きたいと思い、プルデンシャルに入社しました。当時22歳で一番若くマーケットも何も持っていない真っ新な状態だったのですが、トップアスリートとしての経験から、無駄に自信とプライドがありました。ただ、自分の予想を遥かに超える努力と実績を残し、その基準を僕にも求める先輩方と接するなかで、すぐにそのプライドはそぎ落とされたんです。ハードでしたが、単に厳しいだけでは なく、1on1で確り僕に合わせた育て方をしてくれる先輩。先輩後輩関係なく全員で高め合う文化。この環境下でビジネスマンとしてのスキルが担保され、スポーツの時とはまた異なる成功体験ができたことが、とても楽しかったですね。 2.プツンと切れた糸。気が付いた「余白」の大切さ。 ー ビジネスマンとしても着実に実績を積み上げつつあったと思うのですが、その後会社を辞めて自ら起業するに至った背景は何だったのでしょうか。 「行けるとことまで成長したい、その対価として稼ぎたい」といったプルデンシャルでの目的が達成してしまった時に、糸がプツンと切れたように、急に心が着いて来なくなった。ふと、自分は何のためにこんなに働き稼いでいるのか考えた時に、何もなかったんです。自分は一生この働き方をしていくのか?自分は今度どう生きたいのか?と半鬱になりながらも自分と向き合ったり、信頼できる人に助言を求めたり、数ヵ月悩み続けました。それまでずっと走り続けてきたので、一度立ち止まって考えるのはとても辛い時間だったけれど、この余白が無ければ、自分の人生を振り返るきっかけもなかったと思います。盲目的に、ストイックな成長を追い求めていくことだけか人生じゃないと思えるようになったのはその時からです。 ー 再度アメフトを始めたり、起業を考えられたのもその時からでしょうか? そうですね。元日本代表でもあるプロサッカー選手で、友人の杉本健勇さんの存在が大きかったです。当時川崎フロンターレに所属していた彼から、サッカー以外でもチャレンジする場を持ち、自分の仕事でしっかり稼げるようになりたいと相談を受けました。当時はまだそういった選手が表立って出てきている時代ではなかったのですが、その考えに刺激を受けました。確かにアスリートは、競技の種類にもよりますが、収入は実績に左右されるため不安定で、ケガなどで突然選手生命が断たれる危険性もあります。加えて、アスリートが第一線で活躍できる期間は短く、引退後に解説者や指導者になれるのはごく一部、セカンドキャリアの模索に苦労する人は非常に多いです。そこで、まずは自分自身がその体現者になり、「アスリートの新しいスタンダードを創る」をミッションに掲げるReviveという会社を立ち上げました。 ー その頃には、生活の拠点も東京から鎌倉に移されていますね。 ライフスタイルや仕事に少し余裕ができた時に、鎌倉に引っ越しました。仕事の肩書や物質的な豊かさ等のフィルターを通してではなく、その人自身の人生や価値観を尊重して互いに認め合える鎌倉の人たちと接するなかで、兎に角突き進んで得られる物質的な豊かさだけでなく、ある種余白の中から生まれる精神的な豊かさを実感しながら生活できるようになりました。東京で忙しく過ごしている時と比べ、生活も洋服もシンプルになっていきました。 3.シンプルだが、そのなかで本質を追い求めるNAGIEと、人生の第2ステージにいる自分の生き方がシンクロした。 洋服が好きだったので、もともとは欲しいものがあれば買い、いらなくなったら捨てるを繰り返してきたのですが、鎌倉で過ごすなかで、良い意味で必要以上に見た目ばかりを気にすることが無くなり、また洋服を買う前には、洋服を着る意味やシチュエーションごとの服装の必要性をしっかり考えるようにもなりました。そんな時に知人を介してNAGIEを知り、シンプルで機能的なデザインも気に入ったし、お話を聴いて、モノづくりへの拘りやなぜこれをやっているのか、その先にどういう文化を作っていきたいのかを感じることも出来ました。プロダクトと姿勢、その両方に共感できたことと、アスリートと経営者の2つの顔をもって生きる、ビジネスマンとして第2ステージにいる今の自分にピッタリの洋服だと感じました。 ー ありがとうございます。最後に、今後前田さんが大切にされたいこと、そのうえでNAGIEと一緒にやってみたいことがあれば、教えて頂きたいです。 大切にしたいことは非常にシンプルです。自分の心に従って、自分に素直に生きていくこと。これは今後も変わらないし、家族にも周りの人にもそうであって欲しいと思います。それ以上でも以下でもない。NAGIEは洋服を通じて何を伝えるかを大事にしていると思いますが、ブランドや洋服があることで、同じような価値観のコミュニティを大きくし易いと感じています。目の前のことだけに追われてしまったり、他人と比べて劣等感に苛まれたりする人が多い現代社会の中で、物質的な豊かさや人からの評価ではなく、自分の心に素直に、自分の心に余白を生み、本当の人生の豊かさを説いていける取組みを、NAGIEと一緒にしていけたら良いなと思います。
<font size =  "2">共に“循環型社会”を目指す!NAGIEのパートナー「日本環境設計」の北九州響灘工場を訪問</font>
No.6 NAGIEのフィロソフィーの1つである“Recycling System(循環させるブランドを目指す)”という想いは、日本環境設計株式会社(以下:日本環境設計)の存在がなければ成し遂げられません。再生素材の活用、そして不要になった服の再資源化を目指すNAGIEにとって、日本環境設計は再資源化を託すパートナーです。今回、NAGIEのアンバサダーを務めるモデルの諸橋コウタさん、出岡美咲さん、そして新たにNAGIEが目指す循環への思いに賛同してくださったアパレルブランド「ETRÉ TOKYO」のクリエイティブ・ディレクターJUNNAさんと共に、福岡・北九州市にある日本環境設計の北九州響灘工場を訪れました。取締役会長の岩元美智彦さんに、リサイクル事業を立ち上げた想いや高いリサイクル技術、そしてNAGIEとの取り組みについて伺っています。 世界有数の技術を有する日本環境設計の「再生ポリエステル製造事業」 日本環境設計は、“服から服を作る技術”を有する「再生ポリエステル製造事業」を柱にした先進企業。“あらゆるものを循環させる”のビジョンを掲げる同社の北九州響灘工場は、循環型社会を目指す企業や大学の研究所が集まる「北九州エコタウン」の中にあります。すべてに再生素材を使うことで環境にやさしい服を届ける、そして不要になった服を再資源に変えていくNAGIEの大切なパートナーです。 服の大量生産と大量廃棄が、環境汚染へとつながっていることをご存知でしょうか? 日本では年間約30億枚の服が生産され、そのうち約半分の15億枚(100万トン以上)が焼却や埋め立て廃棄されています。 この問題を解決する糸口のひとつが、衣料品の約60%に使用されているポリエステルを再生利用すること。その再生技術を持つのが、今回訪問した日本環境設計です。不要になった衣類を回収し、そこからポリエステル繊維を分解、さらに脱色・生成して、もう一度ポリエステル繊維の原料であるポリエステル樹脂を製造。非常に高い技術が求められる“ケミカル・リサイクル”を実現する世界有数の技術を開発しています。 こちらは、資源として回収された衣類をリサイクル方法に応じて選別を行うソーティングセンター。月に約40トン届く衣類を、複数人のスタッフで仕分けしています。その後仕分けした衣類は倉庫に運ばれ、ポリエステル樹脂に生まれ変わる時を待ちます。 そのほとんどを自社で設計して構築されたこの大型の装置が、再生ポリエステル樹脂を作り出します。ポリエステル以外の繊維が混じっていても、そこからポリエステルを解重合(分解)する技術があり、ボタンやファスナーなどが付属している衣類からもポリエステルを抽出して再生できることが大きな特徴です。 お米のような粒状になっているものが、不要な服から新たに作られた再生ポリエステル樹脂。この樹脂200〜250グラム程度で、Tシャツ1枚分相当の繊維になるそう。NAGIEがお客様から回収したアイテムも、この再生ポリエステル樹脂に転じていきます。 お話を伺う中でアンバサダーのみなさんが驚いていたのは、冷蔵庫やテレビといった家電製品の廃棄量が年間約65万トンなのに対し、衣類の廃棄量は年間100万トン以上であること。カーテンやカーペットといった繊維製品を合わせると、その量は200万トンにもおよぶと言われています。 環境にやさしい循環型社会の実現のため、家電リサイクル法(2001年4月施行)や食品リサイクル法(2001年5月施行)といった数々のリサイクル法が施行される中、繊維製品はこれだけ大量に廃棄されながらも、法の制定には至っていない現状があります。そんな中、日本環境設計の『再生ポリエステル製造事業』は、繊維リサイクルのパイオニアとして業界をリードする存在です。 資源の再生活用は“平和”にもつながる?未来の子どもたちのためにできること 家庭から出るゴミを分別回収して再資源化を促進する、容器包装リサイクル法(1995年6月公布)の制定に尽力したという岩元会長。回収されたペットボトルから繊維を作り出し、それを服にすることまではできるものの、その服が不要になった際に、焼却・埋め立て廃棄である末路に直面しました。そこで、一方通行で終わるリサイクルではなく、2周3周と“循環”していく仕組み作りに興味が湧いたと言います。 “服から服を作る技術”の良いところは 焼却処分をしないため、地球温暖化につながるCO2の排出を削減できること。そして、大量の水や石油など新たな資源を使わないことにあります。ポリエステル繊維は石油(地下資源)が原料ですが、地下資源の争奪が世の中の混乱につながっている側面があることは否定できません。 「国内外に技術を探してもなかったので、一緒にやる仲間を見つけて技術開発や仕組み作りをしようと日本環境設計を設立しました。10回でも100回でも1000回でもリサイクルできるのがポイント。そして、新たな資源を使わないので戦争やテロをなくすことを目指せる……。実はこういうコンセプトの工場なのです」(岩元会長) 日本環境設計は2015年、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズに登場するゴミを燃料にしたタイムマシン“デロリアン”を、不要になった衣類から生成したバイオ燃料で走らせるイベントを実施し、大きな注目を集めました。このイベントが実現できたのは、資源の再生活用が平和につながるという想いが、ハリウッドにも伝わったからだと岩元会長は振り返ります。 「未来の子どもたちのために何ができるのか? やっぱりこの地球を長く存続させたい。一番大切なのは循環型社会をつくることです」と、熱い想いを語りました。 “リサイクル技術”と“ファッション”の両輪で叶える循環型社会 どんなに素晴らしいリサイクル技術があっても、「着たい!」と思ってもらえるオシャレな服を作らなければ循環は生まれない。高いデザイン性が、目指すべきゴールへと向かう歩みを加速させる——。岩元会長もNAGIEも同じ方向を見ています。 「リサイクル素材だから買うのではなく、素敵だなと思ったらリサイクル素材でできていたという流れにしたい。ですから“リサイクル技術”と“ファッション”の両輪が必要です。この2つがあって、ファッション業界のリサイクルが進むと思っています。この課題は1社では実現できませんので、みなさんと楽しく力を合わせて発信していくことが大切です」(岩元会長) この訪問を通して、NAGIEの“循環させるブランドを目指す”という想い、そしてそれに賛同してくださるアンバサダーのみなさんの想いが、さらに強固なものになったと感じます。NAGIEを統括している茨城は、「ムーブメントではなく、新しい当たり前を作っていきたい。日本環境設計さんの技術は切っても切り離せないものなので、ぜひこれからも一緒に取り組ませていただきたいです」と、共に“循環型社会”を目指すパートナーとしての想いを伝えました。
<font size ="2">大切なことを教えてくれた海を、美しいカタチで残したい</font>
No.5 TAMAOさんヨガ講師/NLPマスターコーチNAGIEを応援するアンバサダーのみなさんに、自身の“サステナブルライフ”について伺うインタビューシリーズ。第5回目は、ヨガ講師、NLPマスターコーチとして活躍するTAMAOさんの“サステナブルライフ”に迫ります。 愛する海のために、みんなでアクションを! TAMAOさんと過ごす中で印象的だったのは、海に向かって一礼してから入水する凛としたその姿。サップヨガやサーフィンのほか、4~5年前からはフリーダイビングをしているというTAMAOさんが、海に対して敬意を払っていることが伝わる瞬間でした。「海は、潜れば潜るほど怖いです。ただただ呼吸だけをして無にならないと深くは潜れません。心を凪にできている日は深く潜ることができて『生かされているな~!』と実感できますし、恐れを取り除くと海との一体感を得られ、人間の小ささを感じます。そして、自分の力を過信して海に挑むと、怪我をしたり怖い思いをしたりします。それは、謙虚でいなさいと海が教えてくれているのです。海でも日常でも、いつも『ありがとう』の気持ちを持つことの大切さを思い出させてくれます」海を愛しているからこそ、このままでは2050年にはプラスチックの数が魚の数を超えてしまうと言われている海洋汚染にショックを受けているTAMAOさん。お子さんを授かったことで、“美しい海を残さないといけない”という思いがさらに強まったと語ります。より多くの人たちと活動をシェアしたいと思っていたことから、NAGIEと共に歩むことを決意してくれました。   心を凪にして、自分と周囲に“革命”を起こす   「一人ひとりが心に余裕を持てるように、自分に意識を向けることもサステナブル。心がニュートラルの状態になれたら、地球がいい方向になっていくと信じています。心に余裕がないと環境問題に目を向けることもなく、ゴミが落ちていても気がつかないものです。まずは自分自身を愛で満たすことが必要ではないでしょうか」TAMAOさんのアンバサダーとしての目標は、NAGIEと一緒に環境問題について学びながら、それを周りにシェアすること。そして、“セルフラブ”のワークショップを開催すること。「愛で満たされた人が、さらには自分の大切な人を愛で満たすような循環をつくることができたら最高! みなさんと手と手を取り合ってアクションを起こしたいです!」と、真っ直ぐな思いを口にします。TAMAOさんが今の世の中に必要だと考えていることは、それまでの固定観念や価値観を見直し、新しいチャレンジを起こすことができるかどうか。「コップを新しい水で満たすためには、今ある水を潔く手放す勇気を持つことが大切です。心のコップの水を循環させること——。このコロナ禍においても、正解がわからないながらも新しいことを始めている人は前に進んでいると思います」そう語るからこそ、アパレルの常識に疑問を投げかけ、新しいアクションを起こしたNAGIEに深く共感してくださいました。心を整え、環境問題をはじめとする社会課題と向き合う人の輪を広げたいというのが、TAMAOさん自身が循環していくために自らに課したミッション。ぜひTAMAOさんとNAGIEの今後のアクションにご注目ください。  
<font size =  "2">自分を変えることができた、セルフケアの大切さを伝えたい</font>
No.4 出岡美咲さんモデル/Fertityプロデューサー NAGIEを応援するアンバサダーのみなさんに、自身の“サステナブルライフ”について伺うインタビューシリーズ。第4回目は、モデル、そしてFertityプロデューサーとして活躍する出岡美咲さんの“サステナブルライフ”に迫ります。 身軽に自分の軸を表現できるようになった服選び   モデルという職業柄、たくさんの服を着てオシャレの楽しさを発信してきた出岡さん。人の目を意識し、SNSに同じ服の写真を載せることに抵抗を感じていた時期もあったようですが、次第に服選びに変化が訪れたと言います。「いまは本当に自分が気持ちよくて、気に入っている服だけをそばに置くようになりました。色で言えば、黒・白・ベージュが好きです。ひとつひとつの選択が楽になり、身軽に生きられるようになりました。人の目線を意識してしまっていたけれど、自分の軸がしっかりしていている方が素敵。『いずちゃんの好きなものはこれなんだ!』ってわかってもらえた方がいいことに気がつきました」知らず知らずのうちに自分に課してしまっていた本質的ではないモノ選び……。そこから解放され、ハッピーな出岡さんへと180度変えるきっかけを与えてくれたのは、自ら始めた“走ること”でした。   自分にやさしくなれたランニングとの出会い 20代前半の頃、太りやすいのが悩みで食べないダイエットをしてしまい、駅の階段を上るだけで息切れを起こしてしまっていた出岡さん。体が元気ではなかったため、心にも余裕がなかったと過去の自分を振り返ります。そんな不健康の連鎖を断ち切るために始めたのが、お金をかけずに取り組めるランニングでした。 「それまで自分を褒めることができなかったけれど、ランニングを始めてから自分を褒められるようになりました。走った後は体も頭の中もスッキリ! ご飯もおいしく感じられて、すべてがパーフェクトになりました。生命力が生まれた感じです」   ランニングが出岡さんにもたらしたものは、体の変化だけではありません。人見知りもしなくなり、それまで特に意識することのなかった、自然の美しさを愛でる心にも気づきました。自身の経験から、世の中の人たちに「自分をケアする方法を知ってほしい」と語りかけます。 自分はなぜ走るのか?を改めて考えたとき出てきた答えは、「ランニングがセルフメディテーションであり、凪のような心を持ちたいと思っていたから」ということ。だからこそ、凪になること(自分で自分を整えること)をコンセプトにしているNAGIEとの出会いには、運命的なものを感じたと目を輝かせます。   出岡さんの目標は「誰かの何かになること」。モデルの仕事やSNSでの発信を通して、人の気持ちを前向きにさせ、背中を押せる存在であることが出岡さんの生きがい——。 心のサステナブルを求めている人は、出岡さんの時に正直で、時にハッピーな言葉で綴られているSNSを覗いてみてはいかがでしょうか。
<font size = "2">自分自身を整え、一歩踏み出す勇気を持ってほしい</font>
  No.3 更科有哉さんアシュタンガヨガインストラクターNAGIEを応援するアンバサダーのみなさんに、自身の“サステナブルライフ”について伺うインタビューシリーズ。第3回目は、日本におけるアシュタンガヨガの第一人者のひとりとして活躍する、更科有哉さんの“サステナブルライフ”に迫ります。 心に凪が生まれるヨガとサーフィン 更科さんの研ぎ澄まされた肉体から繰り出されるアーサナ(ヨガのポーズ)は、まるで彫刻のように見る者を引きつけます。いったいヨガとは私たちにどんなことをもたらしてくれるのでしょうか? それはまさに、NAGIEが大切にしている心の余白を生むものでした。 「ヨガは、過去も先を考えずに呼吸に集中することで、“いま”にフォーカスすることができるのが醍醐味です。心が乱れていると視野が狭くなりますが、ヨガをやることで心身ともに整うので、全体が見えるようになって心が大きくなる。そして自分を客観視できるようになります」更科さんはヨガを伝える際に、すべてを与えたり押し付けたりすることはせず、考えることを促すアドバイスを心がけていると言います。そしてもうひとつ、更科さんの心に余白を与えてくれるのがサーフィンです。「サーフィンは、板の上に座って次の波を待っている時間が好き。もちろん波に乗っている時が楽しいけれど、僕はただ水平線を眺めているシンプルな時間も好きなんです。心も凪になります」 Just do it! 怖がらずに一歩踏み出す勇気を持つ 日々たくさんの生徒と向き合っている更科さんは、「物事に対して積極的であることが自分のストロングポイント。みなさんももっと怖がらずに一歩踏み出す勇気をもってほしいです。失敗しても構わない。失敗は次への教訓です。恐怖心は自分がつくっているものなので、それを取っ払えば明るい未来があります。自分で道を閉ざしてしまうのはもったいない。Just do it!」とメッセージを送ります。 常にチャレンジする人に心を動かされるという更科さん。今回NAGIEのアンバサダーに就任したのも、NAGIEのチャレンジングな姿勢に共感してくれたからでした。まずは自分ができることからと、マイボトルやマイ箸を持ち歩いている更科さんは、日本全国を旅しながら各地でアシュタンガヨガを伝えています。そして、旅の先々で表情を変える自然に触れることで、地球環境に対する意識を深めているのです。「きれいな海に入ると魚が見えます。でもきれいな海は人がいません。人の楽しみでやっていることで他の生物に迷惑をかけられない。人がいても水質を汚さないようにできるはずです。だからこそ自分ができることを実行していきたい。子どもたちに恥ずかしくない姿勢を見せたいと思っています」心身ともにすこやかでありたい私たちを、ヨガを通して先導する更科さんですが、地球環境に対しては「自分も変わらなければならない」と、新たなスタート地点に立っています。NAGIEは、そんなフットワーク軽く明るい未来を切り拓く、更科さんの活動に寄り添います。
<font size = "2">生まれくる子どものために。</font><br><font size = "2">本質的な選択を大切にしたい</font>
No.2 永田杏奈さんEAT PLAY WORKS コミュニケーションディレクター※現在、育児休暇中NAGIEを応援するアンバサダーのみなさんに、自身の“サステナブルライフ”について伺うインタビューシリーズ。第2回目は、役者やアパレルディレクターを経て、食・遊び・仕事の空間が融合した施設『EAT PLAY WORKS』のコミュニケーションディレクターとして活躍する、永田杏奈さんの“サステナブルライフ”に迫ります。 自分の心に正直に。サステナブルへと舵を切る 自身がアパレルブランドを取りまとめていた時は、シーズン毎に大量生産しなければならない状況だった永田さん。サステナブルではないモノづくりに違和感を覚えはじめていたところ、現在の仕事のオファーが舞い込みます。キャリアチェンジに際し、周りから「もったいない」と言われることもありましたが、「積み上げてきたものを手放すことは勇気がいるけれど、新しいことにチャレンジすることで見えてくることもある。怖さはあっても目の前のワクワクの方が勝ってしまうんです」と、新しいチャレンジを選択したのです。業種の異なる世界に飛び込んでも、自分のリズムを崩さずにいられるという永田さん。その秘訣は「常に自分の心に正直でいることです」と教えてくれました。 そして、自分の心に正直になることで、洋服選びにも変化が訪れたと言います。「デザインが好きという理由だけでは、洋服を選ばなくなりました。そのブランドがどういう考えでモノをつくっているかを考えるようになりましたね。長く着られるものを買いたいです」 環境に配慮したリサイクル素材を使い、限定受注生産でムダをなくしたNAGIE。つくる側を経験した立場だからこそ、サステナビリティの大切さを痛感している永田さんは、NAGIEの洋服づくりに関心を寄せています。NAGIEを応援しながら、ブランドと一緒にサステナブルを学んでいきたいと意気込みを語ってくれました。 周りの人を思い行動すると、自分も豊かになる 出産を控える中でインタビューに応じてくださった永田さん。妊娠を機に、健康の土台をつくる食を学び、子どもの教育に関わる住環境を考えるなど、洋服だけではなく、さまざまなモノ選びに対する姿勢が変化しているのを感じています。 「子どもや家族のことを考えることによって、自分の生活も豊かになる。(サステナブルな生活は)自己満足で終わらないから生きがいになる気がしますね」と、これからの未来を見据え、目を輝かせているのが印象的です。そして、情報過多で選択肢が多い今、「なぜそれを選ぶのか……。生まれてくる子には本質を問える子になってほしいと思います」と思いを語ります。 永田さんのサステナブルライフは、産声を上げる新しい命とともに広がりをみせてゆくことでしょう。